100日以上無視する妻

わたしは講談師神田伯山先生のまあまあのファンである。先生呼びをするのには抵抗あるけど。松之丞だったころからラジオを聴いていて、実は全部聴いていて、それも数回以上聴いていて、結構なラジオリスナーである。そんな松之丞改め伯山先生のラジオを聴いて早速ググって探してみたのが、「妻が口をきいてくれません」というWeb漫画である。伯山先生もご多分に漏れず妻から邪険に扱われているようだが、それもまたネタにして楽しんでいるご様子で、言う程無視されていないと思われる。だがそのWeb漫画は本当に恐ろしい。なんと、妻が、1年以上夫を無視しているのだ!!

ところで、100日後に死ぬワニは大笑いであった。死ぬ死ぬ詐欺というか、死ぬことをカウントダウンとして煽って煽って最後に電通案件で炎上という、近年まれにみる電通の落ち度に一人家で大笑いしてしまった。わたしは時々100日後に死ぬワニの漫画は見ていたが、ババアだからかしっくりこなくて、ふーん・・・としか思えなかった。絵が下手なのもあって、ちっとも心が動かなかった。この漫画は、あと何日かで死ぬのに予約販売のモノを買ったり、映画の次回作を期待したりしているのをあざ笑うかのような、ちょっとブラックで、ちょっと意地悪で、でも誰にでも起こり得る死をじわりと感じさせる四コマ漫画だったと思っていたのだが、最終回だけ泣かせようと必死で痛いなあと思ってしまった。死んだ途端にいきものがかりまでしゃしゃり出てきて、カフェとかグッズ展開とか早すぎて、それ自体は別に「そりゃまあ、バズったら商売商売」と思っていたが、頭のいい人たちが「自然発生的にバズったと思ったら、がっつり企画されていたのかよ!」と気づいたのに拍手してしまった。頭いい!すごい!わたしは気づかないし、気にも留めなかったよ。そう言われてみれば中国の工場はすでに閉鎖していたはずなのに、いろいろ中国製のグッズが山ほど出てきては、ファンだった人はびっくりだろう。死を扱う話のわりに雑過ぎ、へたくそだなあと思うけど、電通が失敗こいて痛い目に遭って面白いので個人的にはOK。わたしは博報堂じゃありませんけど、オラついた大企業が失敗するのはメシウマなのでしょうがない。

古今東西の小説や映画、マンガ、アニメなどを長年にわたって堪能しちゃったババアにしてみると、すぐそこにある危機みたいなすぐそこにある死というのは、今も昔もドラマチックでお話になりやすいので逆にシラケるのである。もうわかってますって、ええ、もう知ってます、知ってますって気分。特に死ぬよ、死ぬよと最初から煽っているんだから、うまいこと扱わないと反感を買うのは当然というのは、長年の経験でわかる。悲劇としてうっとり描くにしても、コメディタッチにするにしても、ブラックユーモアにするとしても、ヒューマンドラマにするにしても、実は「死」というのは何をしてもありがちで陳腐になりやすい。死はドラマを生みやすいお手軽アイテム。だから煽って煽って死ぬよ、ワニ死ぬよ~と引っ張るのは要注意。そしてこういうものは大概最終回がしょうもなくてがっくりになるので、ほんと、難しい。だいたい粛々とただただ生きていくだけの方が難しいのは、ババアが身をもって知っているから。長く生きてりゃいろんなことあるんで、ワニが桜吹雪の中で死なれても涙も出なきゃ屁も出ない。泣かせようとか、感動させようとすると失敗するんだよねえって、長年の経験上知ってますんで。本当に死って、あっけなくて曖昧で、すごくあっさりよ。桜吹雪でヒヨコを助けてドラマチックに死ぬことないんで。

なので100日後に死ぬワニは、最初から「引っ張って引っ張って、最後はズコーっとずっこけるパターン」というのはわかっていたので、別に驚きもなんにもない。これで泣く奴がいるのかと思うとウケる、とこっそり思っていたぐらい。ところがである。「妻が100日以上口をきいてくれない」。これはホラーである。サスペンスである、ディザスターである。なんてことでしょう!!大きな喧嘩があったというわけでもないのに、妻が、ぷーん、つーんと知らんぷりして無視する。ご飯は作ってくれる、洗濯もしてくれている。でも無視。話しかけても無視。手を握ったら人殺しのような目で睨んでくる。そんな緊張感で1年を過ごしたサラリーマン!どうしたどうした、どうなるどうなる。というわけなのだけど、この妻、しつこい性格だね。これ、明らかにモラハラだよね。DVだよね。

実はうちのオカンの三番目の夫というのが、これと同じで怒ると無視して口を利かない派なのである。自分の気に入らないことがあったら、とことん無視する。実は無視もドメスティックバイオレンスの定義に入っていること、この妻はわかってやっているのかな?裁判になったら1年以上DVを働いていたことになりますけど?妻だから、女だから被害者になれると思ったら大間違いだぜ?と思うけど、確かに男の鈍感さ、図々しさにはびっくりすることもあるので、無視するしかない妻の気持ちもわからんでもない。気に入らないから無視しているわけじゃない。言っても無駄だからというのが理由なんだろうね。妻が口を利かなくなった原因が何かがわかるまで気になって気になって掲載されているものを全部読んだが、まだ連載中なので最後どういうオチがくるのか恐怖をもって読んでいる。なぜかわたしはオッサン側に立ってビビっている方である。嫁、おらんのに。

まあ、おそらくしょうもない小さなことの積み重ねで、妻の我慢の限界を迎えたのだろうけど、子供も小さいし専業主婦だからおいそれと離婚して出ていくわけにもいかないので無視しているんだろうね。日本のサラリーマンのオッサンの甲斐性では慰謝料も養育費もほんのちょびっと、子供の小遣い程度しかもらえないので、離婚すりゃいいのになんて簡単に言えるものでもない。この漫画のサラリーマンはお父さんとしては良いお父さんみたいで子供も懐いているから、余計に離婚し辛いだろう。

伯山先生も、妻から「察してよ」と注意されるらしい。おそらく、男の人が苦手なのはこの「察する」ということなのであろう。その察することのできない鈍感で図々しい、気づかいのないところが積み重なって、このようなことになったのであろう。では、なんだろう、その察せないこととは。具合が悪いのに頑張って家事をしているのに邪険にされたとか?夫側の親族が子供の具合が悪いと言っているのにへーきへーきっつって泊りに来たとかそういうこと?あるいは、心無い一言が多いとか?「お前も老けたなあ、それじゃあオバサンじゃん、あはは」なんて軽口を叩いたとか?「お前も」という表現には、「俺もオジサンなんだけどね」が含まれているのだが、妻がそれを理解しただろうか。そこまで細かい部分を聞き取ってくれていただろうか。「なんか貧乏くさいね」なんて、お前の稼ぎが悪いからだろう!!と思わせるような感想を言ったとか、「尻がでかい。足が太い。顔がでかい」みたいなことを無遠慮に言ったとか。そういうのが実は一番厄介で、一番恨みをかうということを、男の人は頭がよろしくないので気づいていないことが多い。厄介なのは、発言は後から取り返せないからである。一度口にしてしまった言葉は取り返せない、取り戻せない、デリートできない、修正できない。言われた方は死ぬまで覚えていてる。一度言われた「オマエってよく見るとブスだな」という言葉も、冗談だろうと本気だろうと関係なく、空を漂い、さまよい、成仏はしないのである。「こんな料理、インスタントの方がマシじゃん」という何気ないつもりの感想も、成仏はしない。覚えておけ、「口から出た言葉は成仏することはない」ということを。

おそらくそんなことだと思うんだよね。このサラリーマン、全く心当たりがないっていうんだもん。大きな喧嘩やいさかいや言い争いがあったなら、解決方法はある。でもわからないのが一番怖い。そしてわかってない奴が一番罪。100日ですまされないのだから、サラリーマンの苦悩の方が、ワニより深く暗い。死は救いだとつくづく思う。死んだら悲劇だなんて、初心なことで。