SAGE FEMME

ルージュの手紙」というフランス映画を見た。色っぽいタイトルに恋愛映画かと思いきや、さにあらず。カトリーヌ・ドヌーヴとカトリーヌ・フロというフランスの大御所二人が登場のハートウォーミングというか、家族や人のきずなを描いた作品で、最後がぼんやりよくわからないけど何となくハッピーエンドな、でも死を予感させる不思議な終わり方をする優しい映画だった。こういうの、嫌いじゃない。カトリーヌ・ドヌーブのどすこーいな貫禄も、老いているけど太っているけどそれがどうしたという感じも素敵だ。「このババア、若いころはさぞかし美人だったんだろうなあ。今も美人っちゃー美人だし」という雰囲気はさすがだ。若い役しかしない吉永小百合も見習ってほしいところ。奔放で酒とたばこと博打が大好き、金にだらしないしおそらく男にもまあまあだらしないドヌーヴが、かつての夫の連れ子だったフロさんに連絡をよこしてきたところからドラマは始まる。フロさんは真面目な地味なダサいオバサンで、助産婦さんで、息子と二人暮らし。息子は医学部の学生で外科医を目指しているとか。かつてお父さんの二番目の妻だった奔放なドヌーヴの自分勝手な生き方が許せないと言いつつも、おそらく一緒に暮らしていた時、それなりに仲良く楽しく暮らしていたのだろうと思わせるほど、フロさんはドヌーヴを拒絶しきれない。ドヌーヴも言い争いをしてもしがみつく。実母との関係も良くなかったフロさんにしてみたら、美人で華やかで楽しいことが好きで陽気なドヌーヴ義母は、いいお母さんだったのかもしれない。たとえ、ドヌーヴが去ったために父が自殺をしてしまったとしても、いい思い出もあったのだろう。そして、絶望して死んだ父と同様に、ドヌーヴが去ってフロさんも絶望したのだと思う、それぐらい魅力はあったのだろう。

ドヌーヴは脳腫瘍で、どうやら先も長く無さそう。あれこれ言い合いをしたり、喧嘩したりイライラしたりしながらもどんどん仲良くなっていく二人は、本当の親子のようだった。フロさんには父を捨てて父を自殺に追いやったクソババアとしての恨みつらみはあるはずなのに、徹底的に憎み切れないところや、フロさんの根本的にいい人で優しいところが切ない。そして、こんな風に簡単に気があうのなら、世の中はもめずに済むだろうに。最期を悟ったドヌーヴはフロさんに世話にならないよう去っていき、楽しい思い出だけを胸に姿を消した。あの30年前の、父の前から姿を消したように。その後、フロさんにはドヌーヴのキスマークだけの手紙が送られて、一緒に、父からのプレゼントだったというダイヤが周りにちりばめられたエメラルドの指輪が入っていた。これで邦題の「ルージュの手紙」がつけられたのだろうけど、なんか違うと思うのよねん。

今まで真面目一直線で、禁欲的で、必死に息子を育て、真摯に仕事をしてとわき目も振らず生きてきたけど、息子は学生なのにデキ婚するし(フランスだから籍は入れないかもしれないけど)、借りている家庭菜園用の土地の隣のオッサンはちょっかい掛けてくるし、いつまでも同じではない。変化していくフロさんを取り巻く世界。そこに追い打ちをかけるかのように登場するドヌーヴに、フロさんはもしかしたら癒されたのかもしれない。フロさんはドヌーヴからダサいダサいと言われ続けたコートを捨てて、新しくおしゃれなコートを着ていた。本当は息子の決心に腹が立っていたこともあっただろうに(息子は学生なのにデキ婚な上、外科医じゃなくて助産師になりたいと言い出していた)、それも息子の人生だからね~と受け止めることもできるようになった。でもドヌーヴはどこに行ったんだろう。沈んでいくボロボートの暗示するような結末なのだろうけど、少し物悲しい。

さりげなくちりばめられたエピソードや小物が、ちょいちょいとそれをさりげなく回収していくところ、俳優さんの普通な感じ、最後は見ている人に任せてしまうところなど、大人の映画だった。ドヌーヴが、どこかの湖畔や川べりで、ワインを楽しみながら二人の再会を思い出して微笑んでいてくれたらなと思わすにはいられない。